南青山アンティーク通りクリニック

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第四十三話 Narrative


令和八年六月三日(水曜日)


その日、ひとりのクライアントの沈黙が、私の中で小さな波紋をつくった。
そして、言葉にならない気配が、ふと、私の胸の奥に触れた。
v フィクション作家と話をしていると、
彼らの作品の根底には、誰かの実話がうごめいていることに気づく。
  その“誰か”は、決して表舞台には登場しない。
だが、作家はそこから構造を借りてくる。

彼らは、ときに──いや、絶えず──その“核”を探している。
  目の動きや、話しぶりを見れば、すぐにわかる。

実話の影がまったくなく、創造だけで世界をすべて書き尽くすことができたとしても、
その道のプロから見れば、それは“嘘の世界”だと見抜かれてしまう。
  ゼロから物を作ることが、いかに大変で、いかに難しいかを教えられる。

私は、毎日クライアントを朝から晩まで見ている。
  ときにドラマのような瞬間もある。
  作家からすれば、精神科医は“宝物”を持っているのだと言う。
  その言葉を聞いたとき、私ははじめて気づいた。
  何十年も見てきたクライアントの人生の軌跡は、
  別の人からすれば、宝物に見えるのだと。

それは Story でも、物語でもない。
  もしそう呼ぶなら、私の主観や視点が入り込み、現在進行形で、結末の見えないまま流れ続ける、“感性の構造”としての Narrative だ。

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クライアントの五十人に数人は、私を刺激する。
  言葉の化学反応を引き起こしてくれる。
  その反応を感じ取れたとき、それは Narrative へと変わることがある。

その断片の正体が、宝物。
いや私には、誰にも触れられたことのない、静かな核だった。

私は、物語を作らない。
ただ、流れの手前にある気配を、そっと見つめている。
私は断片そのものよりも、
断片になる直前の無意識の影、
気配のようなものを眺めている。