第一話 幻月
第二話 さらなる<偶然性>と見えていなかった<必然性>
第三話 ちょっぴり早い、クリスマスイブ ―深紅のバラ―
第四話 雪化粧
第五話 お帰りやす
第六話 生演奏
第七話 You Can Do Magic
第八話 Last Train
第九話 美しく流れるメロディライン
第十話 結婚するって本当ですか?
第十一話 Antonym『アントニム』
第十二話 魑魅魍魎
第十三話 俯瞰
第十四話 陶酔
第十五話 ダブル・・・
第十六話 Survive(生き抜く)
第十七話 絶体絶命
第十八話 Out Of Control & Take My Breath Awa
第十九話 I Cannot Die
生きていれば、<偶然>に何度も出会う。
が、偶然が偶然に何度も続けば、人は困惑する。
確かにひとつの偶然なら驚きは少ないが、その偶然が何回も続くと、単純な偶然で終わらせることができない。
何かの虫の知らせ?と思いたくなる。
サイコロを3回振って、111と連続して1を出せる確率は6×6×6=216分の1の確率。
もし連続4回になれば、6×6×6×6=1296分の1。連続5回、6回となれば…。
何十年も会っていない知人と、人でごった返す新宿で鉢合わせするようなもの。
最近、予期できない偶然の連続性を経験した。
これも人生の一コマと思えば、その偶然が引き起こす流れに乗って、一切逆らわない。
それが偶然だったとしても、その流れに乗るのも面白い。
私のクリニックの診察室の後方の一面の壁は、天井から床まですべて特殊な透明ガラス。
その中央やや左部分に外のベランダに出ることができるようにドアが就いている。
外が完全に抜けていて、クライアントサイドから見れば、昼間であれば、辺り一面の青空を、パラノマ写真のように一望できる。
小雨が降れば、すぐにわかる。
風の強さを知りたければ、中央やや左部分のドアを少し開けておけばわかる。
骨董通りからワンブロック入るだけで、視界に入って来る世界が一変する。
3階のクリニックの診察室のなかのクライアントが座る位置から見える、外の風景は、さらなる変化を創る。
外のベランダに出れば、白塗の錆びにくいイスとテーブルがある。
昔は、パラソルをそのテーブルに差し込んでいたが、少しでも風が強いと、パラソルが飛ばされてしまう。
次第にパラソルは不要と感じ始め、診察室の片隅に仕舞い込んでしまった。
今年の十月の出来事。
夜七時前後に、常連のあるクライアントがやってきた。
私事で田舎の実家に戻るという話を聞いた。
「ここに立ち寄らせていただいてどのくらいになりますか」
「かれこれ10年以上ですよね」
「もうですか?あっという間の10年でしたね?」
「トキだけが超高速回転して、私たちを置き去りにして、気が付いたら10年以上ですね」
「実は、田舎の実家に戻ることになってしまって、今日が最後の受診になります・・・言い出しにくくて、ぎりぎりまで持ち越しました」
「よくあることです。気にされる必要性はありません・・・それよりもこの10年以上に及んで何もお役に立っていない印象しか残っていないです」
「いや・・・役に立っています」
<それなら、次回までに医療情報提供書を書いておきましょう…取りに来ていただけるとお渡しできるので、時間はかからないでしょう>ということになった。
そのとき、そのクライアントが
「先生、今日の三日月、やけにとても綺麗ですね」と話し始める。
私は、後ろを振り返り、夜空一面を見渡す。
が、そのクライアントが言う月は私の視界に存在しない。
「え?今日は曇り空で、月は見えない…」
と瞬時に返答した。
そのクライアントが幻視を訴えているか、私が呆けている証なのか、私の眼が月を捉えることができないのか?
見えるべきものが見えない。
私の頭の中は、一瞬にして凍結。
一体、どうなっているのだろう?
どんなに眼を擦って、夜空一面を隈なく凝視してみても、見えないものは見えない。
何度も夜空を見たが、夜空に三日月を探し出すことができない。
私の脳裏にひとつの考えが浮かんだ。
第三者に確認してもらう。
それは間違いない。
たまたま隣の部屋にカウンセリングのスタッフがいたので、私の診察を中断し、診察室に入ってもらい、三日月が見えるかどうかを確認した。
「三日月は見えませんね…」と首をかしげる。
いきなり部屋に入って、月が見えるかどうかを尋ねられるとは思っていない。
見えないものは見えないと答えるしかない。
が、幻視などを訴えるクライアントではない。
とすれば、何が起きているのか?
一年で最も過ごしやすい時期のひとつ。
秋の涼しい夜。
普段は換気を兼ねて、10度から25度くらいの角度で、診察室やや左後方の出入り口ドアを浅目に軽く開放している。
ところが、その日は、後方全面ガラスでできている、ベランダ専用の外出用の透明ドアを、45度前後の角度で大きく開放していた。
45度近く開放するのは、一年に一度あるかないかの頻度。
なぜなら、少し強い風が吹くと、そのドアが大きく揺れる。
結果、その影響が、診察室の入り口のドアに伝播し、今度はそのドアが急にバタンと閉まり、クリニック内に大きな音が生じ、何が起きたのかびっくりする。
そのクライアントが「反射?」と笑みを浮かべながら柔らかい口調で言う。
私は、「なるほど…そう言う事」。
とっさにベランダに出て、夜空の隅から隅まで観て、三日月を探した。
三日月は、ベランダに出て、左に約90度ターンして、上方高く見上げると見えるではないか。
クリニックのなかの診察室から物理的に見ることは絶対できない。
クリニック自体の外壁が邪魔をしている。
しかも、ベランダの2メートル近いもうひとつの外壁が邪魔をしている。
ところが、その三日月が、私が開放してある特殊ガラスの出入り口ドア上方に反射すれば、クライアントが座っている位置から見ることができる。
後方のガラス一面の中央やや左部分にあるドアの、しかも上方15%くらいの位置に反射している。それ以外の下方85%部分は、その時点の三日月の位置は反射できない。
45度の角度で開放したドア…そして、ベランダの両サイドの外壁が反射する位置を限定している。
つまり、私が座っている位置から、反射していることはわからないし、見ることは100%できない。
唯一、クライアントが座っている位置から、私の座っている後方の45度開放したドアに反射された三日月を見るには絶好。
ベランダの外壁は開放したドアの下部85%を遮っている。
ここしかないという反射している綺麗な三日月を見ることができる位置に座ったクライアントがびっくり。
本物の月と見分けがつかないほど、綺麗に反射している。
私の幻月は造語であり、実際は反射月である。
反射月も私の造語である。
タイトルは反射月にしようと思ったが、最初から解答を提示しているに他ならない。
ネタバレで謎解きストーリーにできない。
そこでタイトルは幻月(ゲンゲツ)にした次第である。
ネットで幻月を検索すると、
<月の両側に、月が一個ずつあるようにみえる。空中の氷晶が光で屈折してできる>とある。
私がドアを45度に開放したのは偶然。最終受診日も偶然。三日月の位置、及びクライアントがそこしか見えないというピンポイントにいたのも偶然。
いくつもの偶然が重なり、音として聞こえない、視覚的で美しいハーモニーを奏でている。
<そろそろ潮時だよ…>と誰かがどこかでささやいている?