

第一話 幻月
第二話 さらなる<偶然性>と見えていなかった<必然性>
第三話 ちょっぴり早い、クリスマスイブ ―深紅のバラ―
第四話 雪化粧
第五話 お帰りやす
第六話 生演奏
第七話 You Can Do Magic
第八話 Last Train
第九話 美しく流れるメロディライン
第十話 結婚するって本当ですか?
第十一話 Antonym『アントニム』
第十二話 魑魅魍魎
第十三話 俯瞰
第十四話 陶酔
第十五話 ダブル・・・
第十六話 Survive(生き抜く)
第十七話 絶体絶命
第十八話 Out Of Control & Take My Breath Awa
第十九話 I Cannot Die
第二十話 乱高下
第二十一話 STORIES
第二十二話 Brain Jack
第二十三話 人間らしさ…Into the Conflict
第二十四話 影
第二十五話 Lock On
第二十六話 黒子という名の主役
第二十七話 Stay Cool SpecialのBackyard
第二十八話 再び蘇る
第二十九話 風鈴
第三十話 喪失が教えてくれるもの
第三十一話 Don’t Miss It
第三十二話 MERRY CHRISTMAS
第三十三話 年賀状じまい
第三十四話 事実は小説よりも奇なり
第三十四話 事実は小説よりも奇なり
人は誰でも忘れたくても忘れることの出来ない出来事を、ひとつくらい持って生きている。
どんなに激しい夫婦喧嘩をしても、翌朝になれば、昨晩の出来事は一体何だったの、と前日の余韻などは、心の中から完璧に消えてなくなり、サラリと流してしまう私でさえも。
終わったことの蒸し返しが、極端に嫌いなだけであるかもしれないが…。
過去を蒸し返すことを大好きな人が多いなかで仕事をしているのだから、とても不思議なことである。
予期出来ない想定外のことが、私を急襲した。
今から五年以上前の平成二十八年の出来事である。
二〇一五年十二月九日の夕方四時過ぎ、私は診察中に、突然に意識が遠のいた。そして、完全に意識を失うまでに一秒もかかっていないように思う。その後、数十分間の出来事は意識を失っているのだから全然覚えていない。

今、周囲の話を聞き、つなぎ合わせて文章にしている。意識を完全に失った私は、そのときどういう行動を取ったのか、自分がどういう状況にあったのかわかるはずがない。
私は、診察室と受付で、噴水状の吐血をした。
辺り一面、血の噴水である。
悲惨な光景である。
イタリアローマのトレビの泉ならロマンティックかもしれない。アメリカ・ラスベガスのベラッジオホテル前の優雅で壮大な噴水ショーはその場に行かなくても、YOU TUBEでいつでも見ることができる。
が、私のように、血の雨では、全然格好にならない。私自身でさえも、降り終わった血の跡を見ることはできても、噴水シーンそのものを見ることができなかった。今はきれいに清掃されて痕跡すら残っていない。
身体の浅いところに位置する静脈ならば、タラタラと流れる程度で済むが、動脈の深い場所にある動脈の破裂なら致命傷である。冬場の凍結した水道管の破裂のように、裂けるが、多くの場合、誰も自分の動脈が割けるとは思っていない。

想定外である。
診察室で倒れたわけではない。意識を失ったまま、夢遊病者のように受付まで行き、意味不明の言葉をつぶやいて激しく噴水状に吐血し、その場に倒れこんだそうである。受付の辺り一面に私が吐いた血が広がっていた。
ちょうどその頃に、私のクリニックの受付係が予期できない出来事にあわてながらも、私の妻の携帯にすぐさま連絡した。今から思えば、彼にしてみれば、最高のパフォーマンスと言える。私の妻は受付係に電話口で、今すぐそちらに向かうが、救急車の手配は終わっているかどうか問いただしたが、しどろもどろの返事しか戻って来ないので、勘の鋭い彼女は「早く救急車を呼んでちょうだい。もたもたしないで…」と怒りの感情を抑えながら、冷静に指示した。妻の激しく鋭い口調は、彼が陥った軽いパニック状態を刺激し、正気に戻す契機になった。
それから数分後に電話で呼んだ救急車が到着し、彼らが私の近くにやってきた。
そのときに、ほんのわずか数秒だけ、過去に経験したことのない<激痛>のおかげで意識が奇跡的に瞬間的に戻った。
<激痛>のおかげである。
それほど痛かった。
そのとき、私は、自分が吐血していることに気が付いていない。
その瞬間は、痛いの一言に尽きる。

わかっているのは、「どうしてこんなに腰辺りに激痛が走っているの?」という痛みだけである。そして、私は、倒れている状態から全身の力を振り絞って起き上がろうとしたが、身体がまったくいうことをきいてくれない。身体を動かすことはできないが、視線を左右に振ることはでき、辺りを見渡ししたが、私の視界には、色つきのカラーではなく、完全に白黒の世界であった。視力はほぼないに等しかった。周りがぼやけて見えて、まったく見えていないのに等しい。人の足の影のような白いものが視界に入っているが、それが何だかわからない。
後から聞いた話では、辺り一面は、私が吐血した血で染まっていたと言う。
そのとき、五、六人の再診のクライアントが椅子に座って待っていた。
が、診察中の外国人のクライアントはもちろんのこと、受付で待っている人たちは、想定外の出来事で、精神的に凍りつく想いであったと思う。
精神科や心療内科は心を癒すのが大切な役割であるが、正反対に噴水状の吐血シーンを、網膜に焼き付けられるとは誰も想像できない。見たくもない、飛んでもない光景を目の当たりしたのだから、たまったものではない。
そのときに腰から背中にかけて激痛が走ったかと思うと、今度は激痛の刺激で意識が戻るのとは正反対に、激痛を感じないようにするための身体的な反応のように再び意識を失った。

その間、時間にして、わずか数秒であったように感じた。
その瞬間に救急隊員が「目をつぶらないでください。目をつぶらないでください…」と連呼する声が、ずっと遠くで聞こえた感じがしたが、あっという間に意識はなくなった。
駆け付けた救急車の隊員は私のバイタルをチェックした。そのとき、まだ心停止に至っていなかったが、収縮期血圧が三十、拡張期血圧は測定不能であり、瀕死の絶体絶命の状況であった。

救命救急隊は「助からないかもしれないので覚悟してください…」と私の妻とクリニックのスタッフ等に告げてから、私を最も近くの総合病院のICUに救急搬送した。私は、その搬送中に救急隊員に抱えられながら、三階のクリニックの階段を下りていく際の微かな振動を感じたことを感覚的に覚えている。
搬送先の総合病院に運ばれ、救急処置を受け、ほんの少しずつであるが、意識が戻ってきた。今生きているのは、救命救急処置のおかげである。私は「とにかく背中と腰が痛いのを何とかしてほしい…生まれて始めただよ。こんなに痛いのは…」と悲痛な顔をして訴えた記憶はある。
私を取り囲むERのメディカル・スタッフは、食道静脈瘤破裂を始めとした大きな病気を疑い、私の血管確保をしながらも緊急CTを撮り、ひとつひとつ可能性のある身体疾患を否定し、確定診断へと向かった。
数分後には下血が見つかり、胃潰瘍による動脈の破裂による吐血であり、出血性ショックを起こしているという確定診断にたどり着いた。
昨晩にすでに下血を起こし、動脈が割けかかり、翌日の夕方の診療中にすでに動脈の破裂が生じ、出血性のショックを起こし、急激な血圧の低下を招き、意識を完全に失ったということになる。その後に胃に貯留された動脈血が一気に噴水状に溢れ出たようである。

胃カメラでは胃の動脈近辺に潰瘍ができ、結果的に血管が裂けて噴水状の吐血をして、クリニックの床一面を血の海にしたことがわかった。
しかしながら、また意識が遠のいた。
幸いなことに、止血は終えているが、酸素を運ぶ重要な役割を担うヘモグロビン(血色素)濃度の値が、私の場合、普段、男性の正常範囲内の十五から十六g/dLであるが、吐血のために五から六g/dLにまで低下していた。ヘモグロビン値が、普段の約三分の一にまで下がった計算になる。出血性ショックで意識を失うのは致し方ない。
人間の血液量は体重の約十三分の一であり、キロ換算で四、五キロ、リットル換算で四から五リットルあると生理学の教科書に書かれている。
何らかの出血で約二十%を急激に失うと出血性ショックを起こし、約三十%を失うと生命の危機に瀕する。
私の場合、ヘモグロビン濃度の値は三分の一であったが、吐血量は受付の床一面であり、正確に何リットルの吐血なのかは正確にはわからない。v推測であるが、全身の三十から四十%の血液量を瞬間的に失い、生死の狭間を行き来していたと推測し得る。わかりやすく言えば、全身の血液量の約三分の一を失い、残りの血液は三分の二あるかもしれないが、その濃さを示すヘモグロビン濃度は三分の一にまで低下しているので、約三分の二の血液が残っていると言っても、その濃さは二倍に薄められた計算になる。
後に「この血液所見はお知り合いの方のものですか?亡くなられた人の血液所見をどうして、○×さんが持っているのですか?」と知人の内科のお医者さんが不思議そうな顔をする。
私の家内は苦笑いするしかない。
当の本人である私は、意識が戻っていない。
死の危険性は回避できているので、周囲はそう心配していない?
ここから通常では、あり得ないノンフィクションのドラマが始まる。
<事実は小説よりも奇なり>である。
クリニックのブログは、コロナ下で時間的な余裕ができたがゆえにスタートした。
コロナ流行後は、一日もマスクなしで診療したことがない。
今から5年以内のコロナ流行に。偶然出遭ったクライアントの方々は、私の素顔を知る由もない。
身を委ねる人が、自分の発言に対していかなる反応をしたのか知りたいと思う。
それが人間の心理。
しかしながら、私は必ずマスク着用…私が感染源になることはできない。
いつまで続くか?
医療従事者のマスク着用は当然のように思う…主治医の素顔を知ることなく終わる。
初期の40話前後は現在Upしていない。
というのは、今読めば、その当時の文章は読んでいられないほどひどいから…。
読むに堪えないことを痛感している次第…。
その途中、書くことに慣れない私は相当へばった。
マヨネーズやケチャップを絞りだすかの如く、振り絞らないと出ないこともあった。

と思えば、大雪のように降り出すこともあった。
脳のハンドリングが全然できていない。
感性の鋭い読み手なら一目瞭然。
今は数分から十分以内に感性のみで書きあげることができるようになりつつある。
完全復活であり、生後間もない新生児のようなもの。

ブーメランのように私の手に私が戻ってきた。
とても小さな光であるが、せっかく灯ったので、消さないように…。
P.S.
前作第三十二話Merry ChristmasのYou Tubeの音楽及び画像は、担当者のオリジナル作品。
<一点もの>であることを追記します。