
時空を駆け巡るドラマはStoryを作りやすい。
なぜなら<何でもありの世界>だから…。
そのパクリモノは物凄い数に上る。
目の肥えた読者をごまかすことができなくなっている。
必然的にレベルアップ
時空関係絡みの映画で、ひとつだけ印象的な映画があった。
<Predestination>
Destinationの日本語訳は<目的地>とか<旅行先>
Predestinationの日本語訳は<運命や運命によって事前に決定されていること>。
原作は<輪廻の蛇>。
頭の中で蛇がループを描く様を描けばいい。
SF映画Predestinationでは、時空を自在に駆け巡る一警察官が、ある<犯人>を追い続けていた。
その犯人は、その時空を管理する警察官自身であり、追い求めていたのは<自分自身>…。
最後に自分自身と出会う。
今の自分が過去の自分に遭遇。
まさかの結末…。
SF映画だから<何でもアリ>と思ってしまう。
ところが、現実の世界にも…。
誰でも一度くらいは、幼い頃、自分の影を踏んで遊んだ経験がある。
いわゆる<影踏み>。
現実の世界でも同様のStoryに出会うことがある。
自分の影を追い求める…が、本人は気づいていない。

過去に辛酸を舐め、今も自分の影のように纏わりついて離れない自分を癒す。
が、自分自身を必死に癒そうとしている、自分の行動を理解していない。
そういう人たちは、周りを見渡せば、ごまんといる。
至るところに存在している。
昔の自分に苦しみ、そこから派生したコンプレックスに対峙している人もみかける。
その傷は、様々なものに姿を変えて、目の前に立ちはだかる。
多種多様…。
その類の人たちは、<ひとり二役>がハマる。
昔の苦しかった境遇に近い人に、自己を<投影>し、その人を援助するというやり方で、自分で自分自身を癒している。
自分で自分を癒すという<ひとり二役>を演じている。

たとえば、親に愛情を全然注がれなかった子どもは、成人後にどういう大人になるだろう?
現代はそういう人たちが急増中…非常に多く、際限がない。
それ以外にも多々の変化がある。
気が付けば、自己愛的になり、自分で自分を愛する方法もある。
愛情を注いでくれないなら、自分で自分を愛し、自己愛的になる。
自己愛を育(はぐく)み、精神の安定を維持する人がいる人が多数派になった。
現代人の特性になってしまっている?
ポーズを決めて、スマホを使って自分で自分を撮る。
いわゆる<自撮り>はまさにその典型例…。

限定付きであるが、自己愛の表現が正当化される時代を迎えた。
隠す必要がない。
すごい時代に突入している。
その一方で、見て見ぬ振りをする否認も然り…。
幼少期に現実から逃避し、否認する習性がしっかりと根付いている。
瞳の奥のずっと向こうに、過去の自分がもがき苦しんでいる。
<ひとり二役>を演じ、自分自身を宥(なだ)めている。
