令和七年を迎えた元旦は、陽光が差し込む窓際で、時間の許す限りまどろんだ。
筋膜リリースローラーでゴロゴロしながら日向ぼっこしていると、猫が感じる心地よさも捨てたものではないと思う。
2、3日は箱根駅伝。
<山の神>で有名な、<難所>の第5,6区を制した、クリニック近くの大学が往路復路完全圧勝。
雌雄を決する<山の神>向けのスペシャリストを抱える以上、そう容易く負けるはずがない。
三十歳前後。群馬県○×市で、△■の講演会を一時間ほどで終え、その帰り道、お隣の長野県軽井沢へ立ち寄ろうとした。
講演会などを手際よく終わらせ、碓氷峠は夜十時少し前に通過する。
予定通りに行けば、十時過ぎには軽井沢のホテルに到着。
そう簡単にプラン通りに行かない。
思いもよらない<難所>が待ち受けていた。
最終目的地の軽井沢に辿りつく前に、<山の神>が宿る<難所>を避けることができないからである。
夕日は、私の講演開始前に沈み、午後九時を大きく廻った頃、<碓氷峠>付近は暗黒の世界に模様替え。
街灯なし、カーナビなし、ガードレールもなし、のまさに<無い無い尽し>。
その当時は、それが当たり前…。
暗闇の中であっても颯爽に駆ける。
峠越え、それがどうしたの?という感覚。
向う見ずに突っ込んでいく…若さの特権
さすがにそのときばかりは、<ヤバい>と心底思った。
次第に峠越えを甘くみていたことに気付く。
気付くのが遅かった。
今なら後戻りはできるかもしれない…という東京に戻る考えも瞬間的に浮かぶが、「あり得ない」と軽く一蹴する。
もうすでに<絶体絶命>の水域に入っている。
どんどん深みに入っていく…私のセンサーが鈍いとしか言いようがない。
ヘッドライトをハイビームにしても一切効果なし。
周りがはっきり見えない。
徐々に暗黒の世界に入っていくのを肌で感じる。
幸いにも霧が深く立ち込めていないという運が残っていた。
群馬県から長野県に繋がる中山道は、正真正銘の国道十八号線。
が、Ace Number<18>という数字からイメージできない。
私からすれば、国道何百号クラス…あるいは国道と呼ぶにふさわしくない田舎道のひとつ。
<言葉>にも騙された…本当に中山道?
今は軽井沢に抜けるトンネルが開通し、その近くに高速道路も走って、危険ゾーンは激減していると聞く。
私が吸いこまれた暗闇の世界は、今は過去の昔の話。
ここから本番。
絶滅危惧種の暴走族やプロのカーレーサーであれば、泣いて喜びそうなヘアピンカーブが十キロ以上に及んである。
私も多少のヘアピンカーブは楽しめるほうである。
が、その当時の碓氷峠は、私の想像を超える難所であった。
道路はガタガタで舗装されていない。
ガードレールはない。
ヘアピンカーブで先が見えない…パノラマ風に見渡すことができればいいが、峠では難しい。
アクセルを踏みスピードを出し過ぎ、ヘアピンカーブを曲がり損ねると崖から転落。
絶望の淵に追い込まれると思いきや
遥か彼方前方に一筋の光らしきものが、見えたり消えたりしていることに気付く。
一縷(いちる)の望みが出てきた。
数百メートル先に車が走っている?
テールランプの可能性。
ヘアピンカーブに入るときは暗黒の世界で、一寸先さえも満足に見えないが、曲がり切ると視界が広がり、かなり向こうのかすかな灯りでも見える。
視界が広がる…。
ヘアピンカーブの影響で、暗黒の世界に入ったとしても、数秒後には見えるので、そのパターンを正確に読み見切れるかどうか。
道が複雑にくねっているから、互いの位置関係で、かすかな光であっても見え方が違う。
前方の光に接近するためには、とても危ないが、直線に走る際にはアクセルを踏み込み、距離を詰めるしかない。
崖から転落しないように、ヘアピンカーブを曲がり切るしかない。
本来は一車線であるが、対向車の車線を利用して、二車線分の道幅をフルに使える。
峠の暗闇で正面衝突はあり得ないと思う…
ヘアピンカーブの際に、車体の後方が大きくぶれる。
振り子のように左右のぶれが激しいのは致し方ない。
崖から落ちなければそれでいい。
思いきり突き進むのみ。
ヘアピンカーブでブレーキを上手に効かし幾分減速しつつ、スピードをそこそこ維持しながら曲がり切る。
アクセル全開のタイミングを図り加速する。
前方のトラックのテールランプの距離が少しずつであるが、短くなっている。
しばらく同じ作業を繰り返す。
気が付けば、大型トラックの後方。
多少の時間はかかったが、前方のトラックのテールランプを目前に捕まえた。
もうここまで来れば、大丈夫。
離されないように注意した。
碓氷峠を抜け切る三、四十分、そのトラックが道案内をしてくれた。
私にしてみれば、<蜘蛛の糸>である。
とても長く感じられた…生きた心地がしない。
最初で最後の軽井沢。
軽井沢の記憶はあまり残っていない。
人で溢れ、混雑した様子は覚えているが…。
To be continued