第一話 幻月
第二話 さらなる<偶然性>と見えていなかった<必然性>
第三話 ちょっぴり早い、クリスマスイブ ―深紅のバラ―
第四話 雪化粧
第五話 お帰りやす
第六話 生演奏
第七話 You Can Do Magic
第八話 Last Train
第九話 美しく流れるメロディライン
第十話 結婚するって本当ですか?
第十一話 Antonym『アントニム』
第十二話 魑魅魍魎
第十三話 俯瞰
第十四話 陶酔
第十五話 ダブル・・・
第十六話 Survive(生き抜く)
第十七話 絶体絶命
第十八話 Out Of Control & Take My Breath Awa
第十九話 I Cannot Die
第二十話 乱高下
第二十一話 STORIES
第二十二話 Brain Jack
第二十三話 人間らしさ…Into the Conflict
第二十四話 影
第二十五話 Lock On
第二十六話 黒子という名の主役
令和七年を迎えた元旦は、陽光が差し込む窓際で、時間の許す限りまどろんだ。
筋膜リリースローラーでゴロゴロしながら日向ぼっこしていると、猫が感じる心地よさも捨てたものではないと思う。
2、3日は箱根駅伝。
<山の神>で有名な、<難所>の第5,6区を制した、クリニック近くの大学が往路復路完全圧勝。
雌雄を決する<山の神>向けのスペシャリストを抱える以上、そう容易く負けるはずがない。
三十歳前後。群馬県○×市で、△■の講演会を一時間ほどで終え、その帰り道、お隣の長野県軽井沢へ立ち寄ろうとした。
講演会などを手際よく終わらせ、碓氷峠は夜十時少し前に通過する。
予定通りに行けば、十時過ぎには軽井沢のホテルに到着。
そう簡単にプラン通りに行かない。
思いもよらない<難所>が待ち受けていた。
最終目的地の軽井沢に辿りつく前に、<山の神>が宿る<難所>を避けることができないからである。
夕日は、私の講演開始前に沈み、午後九時を大きく廻った頃、<碓氷峠>付近は暗黒の世界に模様替え。
街灯なし、カーナビなし、ガードレールもなし、のまさに<無い無い尽し>。
その当時は、それが当たり前…。
暗闇の中であっても颯爽に駆ける。
峠越え、それがどうしたの?という感覚。
向う見ずに突っ込んでいく…若さの特権
さすがにそのときばかりは、<ヤバい>と心底思った。
次第に峠越えを甘くみていたことに気付く。
気付くのが遅かった。
今なら後戻りはできるかもしれない…という東京に戻る考えも瞬間的に浮かぶが、「あり得ない」と軽く一蹴する。
もうすでに<絶体絶命>の水域に入っている。
どんどん深みに入っていく…私のセンサーが鈍いとしか言いようがない。
ヘッドライトをハイビームにしても一切効果なし。
周りがはっきり見えない。
徐々に暗黒の世界に入っていくのを肌で感じる。
幸いにも霧が深く立ち込めていないという運が残っていた。
群馬県から長野県に繋がる中山道は、正真正銘の国道十八号線。
が、Ace Number<18>という数字からイメージできない。
私からすれば、国道何百号クラス…あるいは国道と呼ぶにふさわしくない田舎道のひとつ。
<言葉>にも騙された…本当に中山道?
今は軽井沢に抜けるトンネルが開通し、その近くに高速道路も走って、危険ゾーンは激減していると聞く。
私が吸いこまれた暗闇の世界は、今は過去の昔の話。
ここから本番。
絶滅危惧種の暴走族やプロのカーレーサーであれば、泣いて喜びそうなヘアピンカーブが十キロ以上に及んである。
私も多少のヘアピンカーブは楽しめるほうである。
が、その当時の碓氷峠は、私の想像を超える難所であった。
道路はガタガタで舗装されていない。
ガードレールはない。
ヘアピンカーブで先が見えない…パノラマ風に見渡すことができればいいが、峠では難しい。
アクセルを踏みスピードを出し過ぎ、ヘアピンカーブを曲がり損ねると崖から転落。
絶望の淵に追い込まれると思いきや
遥か彼方前方に一筋の光らしきものが、見えたり消えたりしていることに気付く。
一縷(いちる)の望みが出てきた。
数百メートル先に車が走っている?
テールランプの可能性。
ヘアピンカーブに入るときは暗黒の世界で、一寸先さえも満足に見えないが、曲がり切ると視界が広がり、かなり向こうのかすかな灯りでも見える。
視界が広がる…。
ヘアピンカーブの影響で、暗黒の世界に入ったとしても、数秒後には見えるので、そのパターンを正確に読み見切れるかどうか。
道が複雑にくねっているから、互いの位置関係で、かすかな光であっても見え方が違う。
前方の光に接近するためには、とても危ないが、直線に走る際にはアクセルを踏み込み、距離を詰めるしかない。
崖から転落しないように、ヘアピンカーブを曲がり切るしかない。
本来は一車線であるが、対向車の車線を利用して、二車線分の道幅をフルに使える。
峠の暗闇で正面衝突はあり得ないと思う…
ヘアピンカーブの際に、車体の後方が大きくぶれる。
振り子のように左右のぶれが激しいのは致し方ない。
崖から落ちなければそれでいい。
思いきり突き進むのみ。
ヘアピンカーブでブレーキを上手に効かし幾分減速しつつ、スピードをそこそこ維持しながら曲がり切る。
アクセル全開のタイミングを図り加速する。
前方のトラックのテールランプの距離が少しずつであるが、短くなっている。
しばらく同じ作業を繰り返す。
気が付けば、大型トラックの後方。
多少の時間はかかったが、前方のトラックのテールランプを目前に捕まえた。
もうここまで来れば、大丈夫。
離されないように注意した。
碓氷峠を抜け切る三、四十分、そのトラックが道案内をしてくれた。
私にしてみれば、<蜘蛛の糸>である。
とても長く感じられた…生きた心地がしない。
最初で最後の軽井沢。
軽井沢の記憶はあまり残っていない。
人で溢れ、混雑した様子は覚えているが…。
To be continued