第一話 幻月
第二話 さらなる<偶然性>と見えていなかった<必然性>
第三話 ちょっぴり早い、クリスマスイブ ―深紅のバラ―
第四話 雪化粧
第五話 お帰りやす
第六話 生演奏
第七話 You Can Do Magic
第八話 Last Train
第九話 美しく流れるメロディライン
第十話 結婚するって本当ですか?
第十一話 Antonym『アントニム』
第十二話 魑魅魍魎
第十三話 俯瞰
第十四話 陶酔
第十五話 ダブル・・・
第十六話 Survive(生き抜く)
第十七話 絶体絶命
第十八話 Out Of Control & Take My Breath Awa
第十九話 I Cannot Die
第二十話 乱高下
第二十一話 STORIES
第二十二話 Brain Jack
第二十三話 人間らしさ…Into the Conflict
第二十四話 影
第二十五話 Lock On
第二十六話 黒子という名の主役
第二十七話 Stay Cool SpecialのBackyard
令和六年元旦
今は、朝十時前後。
いつもの海岸に到着。
今日も平和な一日。
が、空を見上げると、とても快晴とは言えない。
曇り空。
雲が散在していて、その雲が風を起こしている。
浜辺には、元旦だから、という雰囲気は微塵もない。
一年の第一日目にしか過ぎない。
元旦らしさはない。
楽しいひとときは、あっという間に過ぎ去って消えてしまう…。
無事、怪我もなく最初の二日間が終了。
ホテルに戻り、シャワーを浴びる…翌日にも使うウエットスーツを洗い終えたのが、夕方四時過ぎ。
ゆっくりと自室でくつろぐ。
が、想定外の出来事に驚愕。
普段、テレビを見ることはほぼ100%ない。
室内のテレビで映画を観るためにテレビ用のモニターの電源を入れた。
NHK総合のチャンネルが入った。
女性アナウンサーが「逃げてください」を連呼している声が聞こえてきた。
何か大変なことが起きた?
最低限の情報は持つことは必要。
が、情報を取捨選択し、現代では情報を捨てる作業が肝要。
人間であってもなくても 生き物の多くは、無意識に不安や葛藤を抱えて生きている。
例えば、雌ライオンでも同様。
子どものライオンに危機が迫ると唸り声をあげながら相手を威嚇したりする行動も、不安の表現…攻撃性は不安の裏返し。
心の中の不安や恐怖が過度に刺激されれば、心の中に潜み隠れ、普段全然意識化していない不安の封印が解かれる。
人によってその質と量は異なるが、何が飛び出すかはわからない。
予期し得ないものが噴き出すことがあってもおかしくない。
不安の連動…不安の連鎖。
報道の立場からすれば、速報は使命…いかに迅速かつ正確に行えるか。
しかしながら、それを何度も見せられ、聞かされると、頭の中にその内容が刷り込まれる。
結果、普段顔を見せない不安や葛藤が顕在化し、姿を見せ始める。
どちらの立場も尊重しなければいけないが…。
3・11のときがまさしくその通り。
クリニックの半数以上の人たちは、さまざまな不安の顕在化を示した。
震災とは全然関係のない不安であっても、刷り込まれた画像が、スイッチが入り、心の中の不安が辺り構わずに至るところに、色々な形で炙り出される。
身体症状を始め、実に多彩…。
被災地で信じがたい災難に巡り合い地獄のような苦しみを感じている人たちに比べれば、遥かに実際の被害は小さいかもしれないが…。
心の奥底の不安が溢れんばかり…。
ひどく強い心の変化でないことも多々あるが…心の中に津波のように何度も襲って来る。
クライアントには、必要最小限の情報以外は入手して、刺激を受けないように、とお願いする…そのときは、すでに極力見ないようにしている人たちが大半である。
私はある程度の情報を収集した後は、テレビを消し、最上階のラウンジで空白の時間を作るようにした。
何も考えない…窓から遠くを眺める…。
まもなく、令和六年元旦のピアノの生演奏が始まると聞く。
普段、聴覚系は職業上フル稼働しないといけないが、仕事をしていないときは完全に
シャットダウン。
今日は休日であり仕事をしていないが、少し聴覚系を作動してみることにした。
ひとりの女性が、目立たない黒で統一した衣装で、ピアノを惹き始めた。
ピアノなどの楽器にはまったくの無知である私でも、どこかで聞いたことのある曲が続けざまに流れてくる。
ピアノ向きで、人気の高い曲を選曲しているのであろう?
メロディは聞いたことはある。
アルコールでほんのりと酔っていたとしても、曲名を思い出せない。
アルコールを追加注文する際に、お店の人に、ひとつお願いをした。
「今、演奏した曲の題名のリストを教えてもらえない?」
数分も経たないうちに、白い用紙に直筆で書かれた曲目のリストを持ってきてくれた。
そのなかに?がある。
この?は、と尋ねると、
本人によれば、何を弾いたかすべて覚えていないそうです。
流れるままに演奏したと言う。
私が楽器をしないからわからないが、数百曲という多くのレパートリーのなかから選曲したので、こういうことは少なくないと聞く。
ほどよい時間に席を立ち、自室に戻り眠る。
一月二日は完全に無風状態。
ホテルでゆっくりと過ごす。
三日連続は身体的にきついので、今日の休息日は非常に在り難い。
さすがに、今日は無理だと思っていたら、風がない。
休息を取る口実が出来た…。
ところが、テレビをつけると、
今度は航空機の着陸後の大炎上の画面。
状況を少し把握した。
火災は見たくない…見ていられない。
ホテル内のフィットネスジムに行き、一、二時間、汗を流す。
誰もいない。
テレビにくぎ付けのせい?
その後の情報では、明日のフライトは羽田の別の滑走路を使うようである。
今日も完全な無風。
予定変更し、朝から空港へ向かう。
空港は、人で溢れんばかり…驚くべき光景を目の当たりにする。
誰も全然騒いでいない。
ひたすら我慢している。
日本人の生真面目さ、規律正しさがそこに垣間見ることが出来る。
数百人か数千人かわからないが、昨晩欠航になった人も混じっている。
彼らから心身の疲労感がひしひしと伝わってくる。
ほとんどの人がうつむき加減で猫背になり、スマホをいじっている。
早朝の便が遅延して、全体に数時間から四、五時間は遅延している。
最終便の私は、このまま行けば、翌日の早朝になると腹をくくりながら待つしかない。
数年前にも横浜近辺の落雷の影響で、翌日の早朝に出発し、寝ないまま外来診療に入らざるを得ない経験をしていたので、一度あることは二度あっても…と予想以上に落ちついていられた。
過去の経験が生きた。
ところが、とても幸運なことに、空席待ちを入れておいたチケットが入手できた。
五時間前後遅延したが、夕方には羽田に到着。
たった一席空席が出来、それに乗れた。
運がいいとしか言いようがない…人によってはホテルに逆戻りで、そこで数日過ごした人もいると聞く。
しかも、どうしても観たかった映画で、観ることが出来なかった作品を、航空機内で見ることが出来た。
最後のラストシーンに入る直前に、無事、羽田に到着。
航空機から下りずにラストシーンのスタートを待ったが、機内アナウンスのために映画が一時停止。
それでも航空機を降りずに、最後まで粘ったが、ラストシーンは、結局見れないまま…。
乗客のなかで最後に降りたのは生まれて初めて…。
数時間のフライトであったが、時を完全に忘れ、映画に没頭できたので、羽田空港の着陸のドスンという振動も覚えていない。